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釧路地方裁判所帯広支部 昭和56年(ワ)21号 判決

原告 国

代理人 金田茂 古川芳光 羽原仁三郎 細矢俊康 小鹿慎 ほか三名

被告 大家ももゑ ほか七名

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載一、二の土地について昭和三〇年三月三〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的)

主文一項と同旨。

2(予備的)

被告らは原告に対し、別紙物件目録記載一、二の土地(以下「本件両土地」という。)について、昭和三〇年三月三〇日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 主文二項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁。

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 本件両土地はもと訴外大家国治の所有であつた。

2(一) 訴外大家国治は昭和三〇年三月三〇日ころ、当時の河西郡川西村村長であつた訴外佐々木美夫に対し、本件両土地の売買契約締結の代理権を付与した。

(二) 原告は昭和三〇年三月三〇日、訴外大家国治の代理人であつた訴外佐々木美夫との間で、本件両土地の売買契約を締結して、これを買受け所有権を取得した。

3 訴外大家国治は昭和五一年五月二七日死亡し、被告らが相続を原因として本件両土地について所有権移転登記手続を経由している。

4 よつて、原告は被告らに対し、所有権に基づき、主位的請求の趣旨記載のとおりの登記義務の履行を求める。

(予備的請求原因)

仮に、主位的請求原因2の事実が認められないとしても、

1 原告は昭和三〇年三月三〇日、他の二筆の土地とともに本件両土地を訴外大家国治から買受け所有権を取得したものと信じ、以来、自衛隊員のスキー、築城、野営等の訓練場として使用し、現在も占有している。

2(一) 右1の占有をはじめた当初、原告は善意・無過失であつたから、一〇年後の昭和四〇年三月三〇日の経過により取得時効が完成した。

(二) 仮りに、右1の占有当初原告に過失があつたとしても、二〇年後の昭和五〇年三月三〇日の経過により二〇年間の取得時効が完成した。

3 原告は、昭和五五年一一月一〇日に開かれた第六回口頭弁論期日において、時効を援用した。

4 被告らが本件両土地について所有権移転登記を行つていることは、主位的請求原因3記載のとおり。

5 よつて、原告は被告らに対し、所有権に基づき、予備的請求の趣旨記載のとおりの登記義務の履行を求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求原因に対して)

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の各事実は否認する。

3 請求原因3の事実は認める。

(予備的請求原因に対して)

1 請求原因1の事実は否認する。

2 請求原因2の各事実は否認する。

3 請求原因4の事実は認める。

三  抗弁

1  公序良俗違反

原告は訴外大家国治から、昭和三〇年当時においてもおよそ考えられないような坪一二銭二厘三毛という低価格で本件両土地を買受けていたもので、これは右訴外人の無知に乗じてなされた暴利行為にあたるから、本件両土地の売買契約は民法九〇条により無効である。

2  憲法違反等

原告は、自衛隊の前身である保安隊の訓練用地として本件両土地を訴外大家国治から買受けていたもので、右保安隊がそもそも憲法第九条に違反するものであるところ、そのためになされた本件両土地の売買契約は国務に関する行為に該当するので、同法九八条一項にもとづき無効であり、仮りに、右売買契約が国務に関する行為に該当せず、直接憲法の規定によりその効力が否定されないとしても、同契約は公序良俗に反し、民法九〇条により無効である。

3  所有権喪失

仮りに、本件両土地の売買契約が有効であるとしても、被告らは次のとおり取得時効の完成により本件両土地の所有権を取得し、この結果原告は同土地の所有権を喪失している。すなわち、

(一) 訴外大家国治は、昭和三〇年三月三〇日から死亡する昭和五一年五月二七日までの間、本件両土地に馬、羊を放牧し、また、本件両土地から牧草を採取したりして、占有を継続してきた。

(二)(1) 訴外大家国治は、代理人佐々木美夫を介して数筆の土地とともに本件両土地について売買契約を締結していたとしても、昭和三〇年三月三〇日当時から、本件両土地については売買の対象外で以前として自己の所有に属するものと信じ、信じたことに過失がなかつたから、一〇年後の昭和四〇年三月三〇日の経過により、本件両土地の所有権の取得時効が完成した。

(2) 仮りに、訴外大家国治において、本件両土地が自己所有であると信じたことに過失があつたとしても、二〇年後の昭和五〇年三月三〇日の経過により、本件両土地の所有権の取得時効が完成した。

(三) 被告らは、訴外大家国治の相続人としてその地位を承継し、昭和五五年六月三〇日に開かれた第四回口頭弁論期日において、右時効を援用した。

4  信義則違反

原告は永い間、本件両土地に対し一切の権利を行使せず、また、所有権移転登記手続をも放置していたもので、他方、訴外大家国治は二〇年以上の長期に亘り、前記3(二)で記載したとおり本件両土地で牧草を採取したり、馬羊を放牧したりして使用し、さらに、同土地に対する固定資産税を負担してきたもので、もはや所有者から権利の行使を受けないものと信頼すべき事情が形成されているから、原告の権利主張は信義則に反し許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。本件両土地は、もと旧軍飛行場に接する国有未墾地であつたが、昭和二四年二月一日付をもつて自作農創設特別措置法にもとづき訴外大家国治に一六四〇円一四銭にて売渡しをし、その後昭和三〇年に原告が訴外大家国治から本件両土地を買受けた時点においても、大半の土地が未墾地であつたことから、交渉の結果、右売渡価格を基礎として売買価格が定まつたもので、その際、代金とは別個に本件両土地に対する減益等の補償として金二二三万六八六八円以上を支払つており、暴利行為とされる事情にはない。

2  抗弁2は争う。本件両土地の売買契約は、原告と訴外大家国治とが全く対等な立場において締結した私法上の行為にすぎず、原告の権力的作用によつて行なわれたものではないから、直接憲法の規定の適用を受けて契約の効力が否定されるものではなく、また、自衛隊員の訓練用地として本件両土地を買受けることが公序良俗に反するものでもない。

3  抗弁3は否認する。予備的請求原因に述べたとおり、原告は昭和三〇年三月三〇日に訴外大家国治から他の二筆の土地とともに本件両土地を買受け、以来自衛隊員の各種訓練用地として使用し、占有していたものである。

4  抗弁4は争う。なお、原告が昭和三〇年三月三〇日以降本件両土地を使用していたことは、右3において述べたとおりである。

第三証拠 <略>

理由

一  本件両土地は訴外大家国治の所有であつたこと、同訴外人は昭和五一年五月二七日死亡し、被告らが相続を原因として本件両土地について所有権移転登記手続を経由していることは当事者間において争いがない。

二  そこで、原告が本件両土地を訴外大家国治から買受けていたか否かについてまず検討するに、<証拠略>によると、

1  原告は昭和二八年ころ、以前自作農創設特別措置法にもとづき、昭和二四年から同二七年にかけて訴外大家国治ほか一五名の者らに売渡した土地のうち、川西村別府付近所在の旧軍飛行場跡地付近部分を保安隊帯広部隊訓練用地として再び利用する必要性から、当時の保安隊第二地方建設部の係官を派遣して同跡地付近部分の地主であつた右訴外大家国治ほか一五名の者らと買収交渉をはじめるに至つたこと、

2  そして、右訴外大家国治をはじめとする地主らは、保安隊第二地方建設部係官との交渉の結果、各地主らが所有する旧軍飛行場跡地付近部分に所在する農地等を原告に売渡すこととなり、その準備として、地主の一人であつた訴外山口満雄を代理人として、保安隊第二地方建設部長と連名のうえ、農林大臣に対し所有権移転の許可申請を行つていたが、その中には本件両土地も含まれていたこと、

3  さらに、訴外大家国治ら地主は昭和三〇年三月ころ、その所有する旧軍飛行場跡地付近部分に位置する土地を原告に売渡すについて、その交渉及び売買契約締結の権限を当時の川西村村長であつた訴外佐々木美夫に付与していたが、訴外大家国治がその際に作成していた売渡承諾書及び委任状には、同訴外人が当時所有していた河西郡川西村字別府南七線四五番一、二の二筆の土地とともに、売買の対象として本件両土地をも明記していたこと、

4  訴外佐々木美夫は昭和三〇年三月三〇日訴外大家国治ほか一五名の地主らの代理人となつて、原告の保安隊第二地方建設部との間で、旧軍飛行場跡地付近部分の土地売買契約を一括して締結し、同契約にもとづき訴外大家国治はそのころ、他の二筆の土地とともに本件両土地を含めた四筆の土地全体の面積七町一反八畝一七歩を基礎とした売買代金及び各種の補償金の支払を受けていたこと、

以上の事実が認められ、右事実に徴すると、原告は昭和三〇年三月三〇日訴外大家国治の代理人であつた訴外佐々木美夫との間で本件両土地についても売買契約を締結しこれを買受けていたことが認められる。なお、<証拠略>には、売買の対象土地の所在表示として「河西郡川西村字別府」とのみ記載され、本件両土地の所在する帯広市が記載されてはいないが、これは売買の対象となつた七〇筆の土地のうち、本件両土地を除く六八筆の土地がすべて川西村字別府に所在していたことから、概括的に右のような表示になつたものと窺われ、前記認定を左右するものではない。

三  そこで、次に被告の抗弁について検討する。

1  公序良俗違反について

<証拠略>によると、原告が訴外大家国治から本件両土地を被告ら主張のような価格をもつて買受けていたことが窺われるが、<証拠略>、前記二1の認定事実などによると、本件両土地は以前原告所有の未墾地であつたものが、昭和二四年二月一日自作農創設特別措置法にもとづき、原告から訴外大家国治に金一六四〇円一四銭の低価格をもつて売渡された土地であつて、その後本件売買が行われるまでの六年余りの間、同土地の大半が開墾されることなく売渡当時と同様の状態にあつたことから、売渡当時の価格を基準に売買価格の交渉がなされたこと、しかし、原告は売買価格とは別個に、開墾された土地等に対する採草地及び畜産補償として合計二二三万六八六八円を訴外大家国治に支払っていたことが認められ、右両土地の売買価格交渉の経緯、実質的に売買の対価に等しい補償額の支払等を考慮すると、被告ら主張のような、訴外大家国治の無知に乗じて著しく低価格で本件両土地の売買がなされたものとは認めがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する主張は理由がない。

2  憲法違反等について

被告らは、まず本件両土地の売買契約が憲法第九八条第一項に規定する国務に関する行為であることを前提として、かかる契約は憲法第九条に違反して無効である旨主張するが、九八条一項の規定は、国民の基本的人権を擁護するため、国が国民の意思如何にかかわらず優越的な地位にもとづきなす公権力の行使については、憲法の基本的人権保障規定に抵触する場合に憲法の最高法規性に照して無効である旨明らかにし、同法八一条の違憲立法審査権と相俟つて憲法秩序を確立せんとしたものである。したがつて憲法九八条一項に規定する「国務に関するその他の行為」については、国の一切の行為を含むものではなく、国が優越的地位にもとづき国民に対し行う性質を有している行為に限られるものと解すべきところ、本件両土地の売買契約の締結は、公権力の行使とは程遠く、対等な当事者となつて行つているものにすぎないからこれに該当せず、前記主張はその前提を欠き失当である。

さらに、被告らは、本件両土地の売買契約は憲法九条に違反する自衛隊の訓練用地取得のためになされたものであるから公序良俗に反し、民法九〇条により無効である旨主張するが、公序良俗違反と言い得るためには、当該法律行為が社会・経済的秩序に反し、若しくは基本的人権保護の要請に背馳し、反社会的・反道徳的なものとして社会一般に認識され、その効力を是認することが正義の観念に照して到底許容できない場合であると解するのが相当である。ところで、自衛隊が憲法九条の規定に違反するか否かについては国民間に広く意見の対立があり、また、学説も分かれているところであつて、一義的な見解を見い出せない状況にあることは当裁判所において顕著な事実であるうえ、自衛隊の訓練用地取得のためになされた売買が、反社会的・反道徳的なものであるとする確立された社会一般の認識があるわけでもないから、公序良俗に反するとの主張は失当である。

3  所有権喪失について

<証拠略>によると、原告が昭和三〇年三月三〇日訴外大家国治から本件両土地を買受けた後は、帯広駐屯部隊が両土地にブルトーザーを入れて整地したうえ、同部隊の隊員が各種訓練用地として使用していたことが窺われ、被告らの被相続人である訴外大家国治が本件両土地を昭和三〇年三月以後も引き続き放牧地として利用していることを認めるに足りる証拠はないから、同訴外人が本件両土地を時効取得している旨の主張は理由がない。

4  信義則違反について

前記3において述べたとおり、本件両土地については、原告の帯広駐屯部隊において昭和三〇年三月三〇日以来使用していたもので、訴外大家国治が同土地を利用していたことは認めがたいところ、被告ら主張のように、同訴外人が同土地の固定資産税を三〇年間近く払い続けてきた事情があつたとしても、かかる一事をもつて、右訴外人が原告からもはや権利行使を受け得ないものと信頼すべき特別の事情が形成されたとまでは認めがたく、この点に関する主張は理由がない。

四  以上のとおりであつて、原告の主位的請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上稔)

物件目録 <略>

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